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職場メンタルヘルス(その3)

[2019.12.01]

 今回は、職場メンタルヘルスの今までの2つのコラム(その1とその2)とは違う視点で、職場という空間について考えてみたいと思います。職場でのストレスが個人にとって過酷で理不尽なものであれば、心身の健康を大きく害する事態を引き起こすことは、2つのコラムで触れてきた通りです。一方で職務内容は困難を極めるものでも、リーダーが職務に対して柔軟な姿勢を示し、例え個々のことであってもその困難を皆が共有し、職場での連携やフォローが適時適所で得られる状況にあれば、その職場は、一人一人を大きく成長させ、それが良い効果となり、知らず知らずにモチベーションを高め、気がつけばそこのスタッフが互いに尊重しながらも切磋琢磨し、職場のポテンシャルをさらに高めていくという好ましい循環が生まれます。眼を見張る成果を上げる職場にはこうした力動が働いていると思います。しかしこうした良い状態がそのままいつまでも持続するわけではなく、時々刻々と変化が起きており、無理がかかる状況から何らかの歪みが生まれれば、一部の者に仕事が偏ったり、押し付けられたり、スケープゴートを探して、その対象となったスタッフは、その立場に置かれる恐怖から職場に出ることが難しくなったりします。こうした状況が、意図的になされるというよりは、無意識の集団力動の中で起こり得るというのが厄介なところです。こうした事態を正確に把握し、職場に適切な処方箋を示していくのが、そのグループのリーダーとして求められているものと考えます。まとめてみますと、リーダーの役割としては、個々の成長を促す職場雰囲気を醸成させること、そして歪みを早期に見出し修正を働きかけることが重要なことと思われます。こうしたことを可能にするのは、リーダーとスタッフ間で密な連携が機能しており、些細なことでも報告が上がり、リーダーは先入観を排除して問題解決的に一つ一つの報告を受け取っていくことが重要でしょう。つまり信頼関係という土壌のもとに初めて可能となります。

 果たしてこうした理想的な職場はどのくらい存在するものでしょうか?上司が自分の都合だけで部下に職務を押し付け、押し付けられた部下は重い気持ちを抱えながら仕事している状況や、上司から求められる仕事にケチをつけ無能な上司と罵り、懸命に仕事をしない部下や、仕事の配分は自分だけに偏っていると不満を抱きながらも疲弊するまで働く社員など、何らかの問題を職場は抱えがちです。こうした状況の中で、精神的に疲弊しあるいは不適応を起こし、多くの方が評価と治療を求めてクリニックを受診して来られます。多くの場合は、困難を抱え受診された方々に対する自宅療養や短縮勤務、環境調整の依頼を求めた診断書を職場にお書きして対応しています。クリニックではご本人の傷ついた心身の治療を行うことになりますが、並行して職場に対しては産業医と連携のもと、事態の把握と今後の対応を促すことになります。この状況に至り多くの職場は、問題のある状況を理解し、問題解決的に動くことになります。

 さて、職場はいうまでもなく場所的にも精神的にも閉じられた空間です。精神的にはその職場に関係しているスタッフは職場のメンバーとして、自分たちの意識の中では他の知り合いとは区別されています。その閉鎖された精神的空間において、個々の職員が、リーダーの適度な統率のもと自由闊達に振る舞える職場と、リーダーからの叱責を受けないように萎縮しビクビクとしている職場とでは、そこで働く職員の心身の健康、将来の成長に大きな違いが生じることは容易にわかることと思われます。職責が上の立場にある人ほど、この職場の精神的空間のメンテナンスをしていく責務があります。部下には実質的な仕事の成果を求めるものですが、上役は、仕事の成果を上げる土壌となる精神的空間のメンテナンスにおいて責務があります。リーダーは自分が感じるものだけではなく、部下の立場に立ってその空間がどうなのかを検討していく能力も求められるでしょう。この精神的空間は、そこに身を置くと、空気感として意識下の領域に快不快感情と結びつき染み込んでくるものではないでしょうか。職場の雰囲気を如何に無理なストレスがかからない生産的な場にしていくかは、メンタルヘルスの予防という観点では重要ではないかと考えます。今は個人のストレスチェックはそれなりに定着してきましたが、今後は上司と部下の間での認識のギャップや連携の円滑さ、風通しの良さ、メンバー間で起きている歪んだ関係性の有無などから職場全体を対象にしたストレスチェックが評価できるようになると、職場メンタルヘルスにおいて、さらなる予防につながるのではないかと考えます。

 私たちのクリニックも実に職場の一つですので我が身も振り返ってみたいと思います。ここに記載したことは、クリニックにも当てはまります。ただクリニックでは、来院された方の治療を請け負うと共に医療安全を図るという重大な命題があります。その部分は相応の厳しさを持って全スタッフが望む必要があります。心身が傷つき来院いただく方々に対して、診察だけではなく受付から会計までの流れ全体が治療的であって欲しいと考えています。そのクリニックの持つ空気感が、理不尽なものに拘束され、ぎこちないものであったとしたら、それはスタッフの対応にも微妙な影響を及ぼし、来院いただく方々にも伝わり、ここでは安心できないという感覚を抱くでしょう。スタッフそれぞれが来院いただいた方々に対して、その方の状態に配慮し、包みこむような温和な落ち着いた雰囲気で接することが出来れば、安心できる治療の場が得られたと感じられ、落ち着いて治療に望めるのではないかと考えています。そうした空気感をもたらすにはその場にいるスタッフ全員が温かい気持ちに包まれ心にゆとりをもてるような土壌がクリニックに準備されていることが必要だと思います。ちょっとこわい気もしますが、現時点でどこまで当クリニックで実現できているかスタッフにもこのコラムに目を通してもらい、率直な意見(点数)を聞いてみたいと思います。

 2019年12月からは、片野医師が当クリニックの副院長になりました。片野医師はクリニックの院長経験もあり、このコラムで取り上げた上役として求められる素質を備えており、今後クリニックの土壌をより豊かなものにしていくことができるのではないかとの思いを抱いています。

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