メニュー

子どもたちの学校などへの適応について思うこと

[2024.02.28]

 思春期は、まだ脳の発達途上にあります。脳の奥に位置する大脳辺縁系が早めに成熟するのに比べて、前頭前皮質は20代後半までかけてゆっくりと成長することが知られています。思春期は快不快など感情、情動に係る大脳辺縁系の機能が優勢となり、思考など抑制的に機能する前頭前皮質の働きが相対的に弱い時期です。そのことをベースにして思春期特有の危機的状態が起きやすいと言えます。近年コロナ禍という特殊な状況がありましたが、小中高生の自殺数が統計的に大きく増え、ここの3年間は、500人前後で高止まりしています。学校問題、家庭問題、健康問題、交際問題などが大きな原因として挙げられています。これらの原因は、それぞれ独立しているものではなく個々に深く絡み合っているものと思われます。そしてこの500人の背後には、その数十倍、数百倍もの深く傷つき苦しんでいる子どもたちが存在していることを忘れてはならないと思います。危機的状態に至る前には、周囲の大人や治療者が気づくネガティブサインとでもいうような心身の状態、行動があります。それは、不眠、食欲低下、落ち込み、行動の変化、普段と比べた様子のおかしさ、そして希死念慮、ODやリストカットなどの自傷行為、自殺企図などです。具体的に自殺の方法を手にするため、市販薬や処方薬を溜め込む、ドアノブに縄状のものをかけそれで実際に試してみるなどの準備をしていた場合は、深刻な自殺企図に至る危険が高まっています。子どもたちが、そこまで自分を追い込んでしまわないで済むように周囲の大人が早めに気付き、適切に対応したいものです。

 本人が親の希望や社会的価値観に沿った目標に縛られてしまっている場合も注意が必要です。一見適応がうまくいっている場合でもネガティブサインが見られる時には、背後で深刻な事態が進行している場合があり、しかしそれはマスクされ見えづらくなってしまうため、周囲も気づかないか、適応がうまく進んでいるようにみえ過小評価してしまう事態が起きます。

 具体的にイメージするため、中学校で考えてみます。自分の学校に所属し、所属単位である学年そしてクラスという集団が作られます。クラスの中では、休み時間などをともに過ごす小グループやペアが形成されます。その中で1人を好むか、または周りから残される形で1人になる生徒もいます。こうした独特の力関係の中に身をおきながら、一人一人勉強で切磋琢磨し、行事で仲間と一つのことを成し遂げる素晴らしさ、仲間を思いやる気持ちを形成し、一つ一つのハードルを超えて、生徒は日々成長し逞しくなっていきます。しかしこの集団生活に適応しようとして、徐々に傷つき、時に対人関係の中で大きくダメージを受け、自分の心身を削り、その苦しさを自傷行為でリセットしたり、夜な夜な涙したりと徐々に危ない状況に追い立てられていく生徒が存在していることに目を向けていく必要があります。学校にうまく馴染んでいる生徒と何がどう違うのでしょうか?

患者さんからの声をあげてみます。「理由がわからないけどすごく疲れる」「周りの視線が気になる」「みんなのたてる話し声や音が騒がしくていられない」「クラスメートから話しかけられることがすごく疲れる」など。少しでも早く逃げ出したい、自分が苦しくなる場として体験しています。生徒の視点では、周りからの視線に晒され、集団の中で浮いており、自分の存在が危うくなる場となっていると思われます。中には、「抑うつ状態」や「不安状態」という病的な状態が関与している場合もあります。またいわゆる発達障害を持っている子どもでは、一部で自分が周囲と違っていて馴染めていないという感覚を抱く場合もあり、あるいは学校にいる意義を見出せず登校困難となる場合があります。一部の学生では、今までの学校での体験から教室に身を置くことに対して強い警戒感、恐怖感が引き出されやすくなっており、ちょっとしたことで強い情動が掻き立てられるようになっている場合もあります。

 その理由は様々ですが、登校困難というサインを出している学生に対して、「どうしたら登校できるか」と登校することへの期待感を投げかけ、無理をしてでも登校できた時に褒め称えるなどの対応は、時にその学生を苦しく辛い袋小路に追いやっていることがあります。そして周囲には自分の苦悩を理解してくれる大人が誰もいないという絶望感にも繋がります。こうした対応が必ずしも悪いというわけではありませんが、生徒を苦しい状況に追いやっていってないかという視点を常に持ちながら対応していく必要があると感じています。ネガティブサインとでもいうべき生活上、行動上の問題が生じていないかに注意をむけ、そういう兆候があれば、その適応状態を進み続けることは危険が伴うため、一旦は舞台から降りるか、本人にとってより良い別の選択ができるように働きかけてあげることが必要となってきます。

 適応することに苦悩している子どもに対して、周囲の大人や支援者が一般的価値観を重視するなどして心理的に置き去りにすることなく、子どもが体験している苦悩に寄り添い理解していく姿勢が何よりも大切だと考えています。

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME