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職場メンタルヘルス(その1)

[2018.05.26]

 現在は都心のベッドタウンである川崎市の鷺沼で診療させていただいていることもあり、仕事に行けなくなって相談・受診に来られる会社勤めの方が多くおられます。使命に燃えて無理を重ね、家族・生活を守るため過酷な職場から逃げ出せず、要請されている役割のため身を削るような思いをして働くなどした結果、職場で傷つき心も身体も応じることができなくなり、仕事に行けなくなって相談に来られます。働くことには生活の糧を得るためというのが根底にはありますが、我々は仕事を通じて、自己実現の達成感が得られる感覚や社会の役に立っている感覚、単純に仕事が面白いと感じること、仕事を通じて人と人との価値ある関わりが持てていることなど、各自それぞれが仕事に向う付随した思い・仕事に駆り立てるモチベーションを持っていると思います。だからこそ、仕事が身体を蝕むほど過酷になっていても、逃げ出すことなくその場に留まり続けてしまいます。本来であればそのような職場は逃げ出してしまえば良いのですが、社会の中に身を置く我々はそれぞれの会社・社会から要請される責務の中で、葛藤し自由に動けなくなることが起こり得ます。こうした状況から働く人を守るため職場メンタルヘルスの取り組みは重要です。メンタルヘルスで治療的関わりをするようになった場合、精神的な疾患を評価し治療する以上に、その人の人生に関わる重大な場面に立ち会うことにもなり、職場環境、職場対人関係、職務内容といったプラスアルファのしかも重要な因子を考慮する必要があり、医療としてどう関わるか悩ましいことも多々あります。この辺りの難しさは、精神科診療の特徴とも絡んでくるので別に機会にブログの中で取り上げられたらと思います。今後取り上げるとして、そのキーワードは適応障害、新型うつ病(これは社会的通称であり医学的に定義された専門用語ではありません)、心的外傷後ストレス障害といった内容になるでしょう。今回はこのコラムの書き出しにもすでに提示していますが、“心身消耗疲弊型”とでもいう事態を取り上げてみます。
  仕事に関わる拘束時間が過剰であるため、睡眠時間が長期間に渡り大きく削られ(場合によっては連日4時間前後となる方もいます)、身体的な限界が生じてくる場合があります。働くものに心身のダメージを与える最悪の状況は、①過重労働②支援者なし③裁量がないという状況です。そこに心理的な大きな負担が重なるとそれをきっかけに大きく崩れることになります。大きなエピソードがなくても慢性的にこうした状況が続けば、いずれは頭痛・動悸・めまいなどの身体機能症状やパニック発作などの不安関連症状や気分の落ち込み・興味関心の減退などの抑うつ症状が出てくることになります。ある朝突然身体が動かず出勤できなくなって慌てて受診される方もおられます。通勤に1時間以上かかる郊外に住んでいる場合、始業が8時半とすれば、少なくとも6時前後には起床、終電近くで帰ると帰宅は午前1時を超えるような生活を余儀なくされます。こうした生活を長く続けることが難しいことは頭で考えると容易に分かりますが、日々その場に身を置いていると「まだ頑張れる」「仕方ない」と仕事の流れに流されるままに続けてしまいがちです。ある時に、動悸、冷汗、息苦しさ、身体各部の痛み、気持ちの落ち込みなど心身の不調が生じることがあります。この時点でまずいと思って受診される方もいます。しかしそのまま無理して続けてしまうと、ついには身体の調節機能が損なわれ、身体が動かなくなり、倒れてしまいます。職場での使命に従い過酷な業務を受け入れ、仕事の回避や調整が出来ないままに限界を超えてまでやってしまう状況です。これが職場上司から強要されればブラック企業ということになりますが、労使双方の不作為の結果、ご自分がこうした状況に追い込まれてしまうことがあります。

 このような状況で、不調になり相談に来られた場合、脳機能や心身の生体機能調節系の働きに大きな障害(機能低下)が起きていなければ、診断書を通して職場に残業規制を意見し仕事の仕方を見直していただくことになります。脳機能や生体機能調節系が大きく崩れている場合(強い切迫感・パニック発作・記憶に残らない危ない行動・不眠・身の置き所のない辛さ・原因不明の辛い痛み・異常な疲れやすさ・希死念慮などが出現します)は、仕事を無理して続けることは危険です。正しい判断ができないままに取り返しがつかない行動をとってしまう場合もあります。思うように頭は働かず身体も動きません。この場合は一時職場を離れ、十分に休養し脳機能や体の機能を回復させる必要があります。このような場合は診断書で職場に意見し、ご本人には休養に入って頂きます。仕事への使命や申し訳なさから自分が仕事から抜けたらみんなに迷惑をかけると心配される方も多くおられますが、職場で倒れたり命に関わる事態になることの方が深刻であること、出勤しても実際には思うように機能できなくなっていること、病気で休養することはお互い様であることなど説明させて頂き、必要な休養を取っていただいています。

 こうした状況で自宅療養に至った場合、半年から1年ほどというそれなりの期間が回復のために必要となります。そして身体機能と脳機能が回復したとしても、職場で経験した苦しい状況がトラウマのように心に刻まれ、その克服のためさらに時間を要する場合もあります。
 また非常に精力的に働き続けてきた人(無理に無理を重ねる形で働いている場合が多いと思います)が、過労がたたり心身の機能が崩れ、うつ病になってしまった場合に、何年にもわたって適切な治療を行ったとしても身体の機能がもとに戻らず、後遺症のように引きずり、通常の仕事に戻れなくなる場合があります。その場合は難治性うつ病として治療を続けることになります。我々に生来備わっている心身のバランスを保ち疲労を回復させる機能が一旦蝕まれた場合、回復のためには多くの期間と様々な取り組みを要することになります。身体機能含めて心身の不調があれば、早めにご相談に行かれることをお勧めします。メンタルヘルスの取り組みは多くの職場で行われるようになっていますが、最終的に自分の生命・生活を守るのは自分自身です。そしてそのためのセーフティーネットとして、メンタルクリニックには役割があると思っています。

 身体的な異常がはっきりしないにも関わらず、動悸、息苦しさ、めまいなどの身体的な症状が続いたり、新聞など文字を読み込むことができないという脳の機能低下などがあれば、ご自分の現在の状況を振り返ってみることをお勧めします。
 職場のメンタルヘルスでは私自身関心を寄せている状況はまだいくつかあります。それらは順次このコラムでまとめていきたいと思っています。

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