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職場メンタルヘルス(その2)

[2018.06.08]

"蛇に睨まれた蛙"の蛙にとって蛇は、自分の存在を危うくする存在であり、遭遇すると生命体としてパニックになって身動き取れなくなるでしょう。生き延びる可能性を見出すため闘争逃走反応で応じ、九死に一生を得るかもしれません。

極端な例を持ち出しましたが、職場に出勤することが困難となり受診される方々の中には、一部でこの"天敵反応"とでもいうべき対人反応が職場での適応を危うくし、心身の不調に関連している方がいます。蛙は蛇に遭遇するともう身動きが取れず、餌食になるのを待つだけですが、蛙の身になって考えてみると、交感神経が興奮し、激しい動悸・冷や汗を生じ、気を失ってしまうような危機的状況に置かれていると推察できます。どうも我々には、程度の差こそあれ、我々を蛙に置き換えた時に、蛇にあたるようなその姿を目にするだけで心身が(激しい動悸、不安、重苦しい気持ちなど)危機的反応を呈するような、どうにも受け入れがたい存在として刻み込んでしまうことになるタイプが存在しているようです。初めは面倒見の良い先輩や上司、ちょっと苦手な同僚、先輩、後輩として現れることもあります。そこからの仕事を通じた関わりの中で、指導や叱責など受けていく間に、次第に受け入れがたさや嫌悪、緊張不安感、ついには視野に入るだけでも動悸がしたり、気分が落ち込んだり集中力が低下したりするようになる事があります。時には過酷な業務を押し付け、不備があると容赦なく叱責してくるパワハラまがいの状況の中で起きてくることもあるでしょう。また職場で陰口や悪口を繰り返し言われる事で、その相手が受け入れがたい存在へと変様していくこともあるでしょう。この状況の中でその相手は、自分の存在を否定し、土台を揺さぶり、動揺させる存在となります。そしてこれは職場だけに限らず、学生であれば同級生や教師にこうしたタイプにあたる者がいれば、登校困難として現れます。特に職場は逃げ場がなく、ギリギリまで踏ん張ろうとするため、慢性的に苦しい状況に置かれうつ状態や身体症状として表面化、出社困難となり受診に至ることが多いと感じます。また連れ添った配偶者やご家族相手にこうした反応が出る事があります。多くの場合はDVケースですが、その声を聞くだけで震え上がり気分が落ち込み、その日は何も出来なくなることも起こり得ます。

 DVケースの場合は理解されやすく、今はアクセスしやすい窓口があり、速やかにシェルターに避難することも可能となっていますが、職場でこうした状況(特定に相手に疲弊し職場に行くことが出来なくなったという)に至った時、多くの場合、当初はうつ状態、適応障害などの診断にて自宅療養となると思います。そして自宅である程度療養すればうつ症状は改善しますが、トラウマの様な対人関係・職場環境が残っている職場に戻ることは実際には難しく、いざ出社する段になって体がいうことを聞かないという事態が生じます。甘えているのではないか、怠けがあるのではないか、わがままではないか、と思われることもありますが、心身に刻み込まれた反応を取り去ることは難しく、本人の努力や医療で解決することが難しいのが現状です。対人関係上のこうした問題があることを職場に認知していただき、多くの場合は対象になっていない上役や人事担当者、産業医を通じて、こうした反応を生じる相手となるべく接触しない環境を作っていただく必要があります。職場規模や業務内容の事情で対応できないことも多く、その場合は転職を余儀なくされることが多い様に思います。そして実際に本人も自分の体が意思に関係なく如実に反応するので、その職場から逃げたいとする生存本能とでもいうべき意識が働き、転職を希望することが多いです。各種ハラスメントや過労など職場に大きな問題がなくても、社員をこうした状況に追い込むことがあることを今までの経験から労務関係者は知っていると思います。本人が悪いとか職場が悪いとかの良し悪しということではなく、人と人が接して(それなりに厳しい状況で)働く職場には一定の確率で起きる事態ではないかと思います。もちろん休養を通じて心身が改善したり、うつ状態の治療が進むことで、ネガティブな思考が改善されこうした反応が弱められ、苦手な相手がそのままでも職場復帰できたり、ちょっとした工夫や労力で対処できる場合も多々あります。その辺りの評価は必要ですが、対象となった人とそうした辛い反応に苦しんでいる人を同じ職場の中に漫然と留めることは、会社にとっても効率的に職務が進むとは考えづらく決して生産的ではないでしょう。この状況を理解できないままに職場もご本人も無駄に傷つき続けることがない様に、適切な評価のもとでお互いが前に進める様な介入・助言をしていくことは、(産業医との協働の元で)ご本人の治療に関わっているクリニックに求められる役割ではないかと思っています。

 医学的には何が起きているかは、ある程度の推察はできます。なかなか直接検証することが難しいのですが、状況や今までの知見から簡単な理解をしてみます。ちょっと専門的になりますが、大脳皮質の内側の古い脳部分に大脳辺縁系という脳領域があります。大脳辺縁系は情動の働きに深く関与していますが、その大脳辺縁系の中にある扁桃体が働くことで恐怖反応が生じることが知られています。また長時間慢性的なストレス状況に置かれると扁桃体などに異常が生じることも知られています。この恐怖反応では、危機的状況にあると生体が認識し生存本能が刺激され、心拍数や血圧は増加、筋は緊張が生じ、精神も乱され急に落ち着けなくなるでしょう。こうした反応は、ある特定の刺激、状況が危険であり脅威であると学習することで起こります。このコラムで取り上げた内容に沿って考えると、職場での特定の相手から繰り返される叱責や指導、苦情、指摘、各種接触などがご本人にとって生命を脅かすもの(社会の中では集団での社会適応や存在価値、生存価値を脅かすもの)として学習し、そのことを恐れているご本人の心に突き刺さり、大きな動揺が生じると思われます。ご本人がこうした反応に至ってしまうには、ご本人にも何らかのある種偏った身構えがある場合も考えられます。こうした間違って身についた学習は認知行動療法を駆使して修正を図ることは可能な場合もあるでしょうし、中には洞察的なカウンセリングを通じて修正や改善を目指すことが必要な方もいるでしょう。しかし限られた期間で回復することを要求される職場メンタルヘルスの場面では、適材適所の考え方の元、職場の調整をすることで対応することが現実的な様に思います。

 本人の問題なのか、職場や特定のスタッフの問題なのか、仕事のあり方の問題なのか、原因探しは気になるところですが、実際は一概には決めがたく、マニュアル的な対応では本質を見誤ることにもなりかねません。物事は相互に関連しあっており、その結果として起きてくることを理解し、職場で起きる事態に関しては、一つ一つ個別に検討し、ご本人および職場にとってより良い職場環境を作っていくにはどうしていくのが良いかと視野を前向きに持って対応していくことが必要だろうと感じます。そうした職場文化が芽生え定着していくことを期待したいと思っています。

 

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